日々のめもり〜everyday's memory〜
文才なんて持ってませんけど、何か?
鎮座まします王子
手づくりのおむすびランチ

お弁当箱。(これ1段です)
中身を詰めたら意外とちっさ!と思ったけど
食べたら十分おなかいっぱいになる量でした。
お昼はお弁当と、コンビニで買ったヨーグルトで十分だね。
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PEACH!!

スーパーで桃を衝動買いしてきました。
* * *
桃の思い出と言えば。
お盆に母方の実家に帰るときは何故か
よく桃をお土産に持って行ってました。
ご先祖様(曾祖母?)のお墓に供える為に、って。
うん。
まぁお供えとは言うものの、結局食べるのは
祖父母とうちら家族だったんですけど。笑
りんごとかバナナみたいに毎日食べられる果物じゃなかったから
お盆になると、ここぞとばかりに買ってたなぁ。桃。
私にとって桃とさくらんぼ(アメリカンチェリーじゃなくて、佐藤錦とかそう言うの)は
マンゴーやパッションフルーツのような珍しい外国の果物より、ずっと贅沢な果物でした。
(そもそもトロピカルな感じ?の果物があまり好きじゃないのもあるんだろうけど…)
特に桃の場合、種の周りに残ったあの部分を食べるのは贅沢中の贅沢な気がしました。
まぁ大概、桃を剥いてくれた母親が「ここを食べられるのは桃を剥いた人の特権なのよ」
と言って食べていた記憶があるのですが。(たまに食べさせてもらったけどね)
普通に母親が剥いてくれた部分はもちろん美味しそうなのですが、
種の周りに残った実は一番中心に近くて、一番甘そうに思えたものでした。
「いつか自分で桃を買って、種の周りも全部、まるっと1個食べよう!」
小さい頃、夏になるたび願っていたことを、これから実行したいと思います…。笑
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あれはあたしがまだ8つの頃の話
この前友達に言われたのですが
私はサンクスのパン売り場にいるパンダに雰囲気が似てる、らしいです。
パンダ自体は確かに可愛いと思うのだけど
「パンダに似てる」と言う言葉は喜んでいいのか悪いのか…。
* * *
以下mixi日記より一部改変・加筆して転載。
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揺れてるばかりの記憶のあなた
火曜4限の英語の時間、窓際の席に座りながらぼんやり外を眺めてた。
4限が終盤に差し掛かる頃には外がうっすら朱色に染まりつつあった。
そんな景色を眺めていたら、何の脈略もなく、急に中学校の校舎が脳内に甦った。
脳裏に浮かんだのは新館と旧館の境目にあった階段。
確か階段の色は臙脂色だったような気がする。
そして階段の向かい側には美術室とその準備室があって。
美術室を背にして左側には2年1組と2組の教室
その奥には広い…と言っても体育館ほどではないけれど…空間がある。
右側にあったのは音楽室だったろうか。それとも理科室だったろうか。
今こうやって校舎内を具体的に思い出そうとすると、記憶が薄れていることがよくわかる。
中学時代。
高校時代と違って思い入れなんかちっともなかった。
友達が全くいなかったわけではないけれど、楽しかった記憶があまりない。
意識的に何があったか思い出そうとすると、嫌な記憶、苦痛だった記憶だけが甦る。
だけど、急に中学時代を思い出したときに甦るのは不思議と綺麗な記憶。
9月頃の音楽室から見えた黄金色の水田とか。
(別に吹奏楽部だったわけじゃないけど、一番思い出すのは何故か階段と音楽室)
3階の窓から下を見下ろして、好きな人がいないか探してたこととか。
こう言う思い出が甦ると、あの頃に戻りたくなるんだよね、やっぱ。
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ただ春を待つのは楽しくも哀しく
春夏秋冬、それぞれ「季節の匂い」があると思います。
「桜の匂いが春の匂い」「海の匂いが夏の匂い」って言うんじゃなくて
その季節自身の空気の匂い、みたいなのがあるんです。
わかってくれる人、結構いると思うのですが
(と言うか、この前わかってくれない人がいたことにショックを受けた)
毎年毎年季節が移り変わるたびに、季節の匂いを感じるんです。
毎年3月も終わりぐらいになると感じ始める春の匂い。
(どうでも良いけどそろそろ「匂い」って言う字がゲシュタルト崩壊してきた)
その匂いを感じられる程までに春が近付いてが来ると
もうすぐ新学期が始まって。新しい学年・教室・同級生が待っていて。
それと同時に自分も新しい自分になれる気がしてわくわくしていました。
昔は春の匂いがするのがただただ嬉しかった記憶があります。
あの頃は「春が来たし、さぁ生まれ変わろう」って気分になれました。
それなりに大人になった今だって、季節の匂いを感じることが出来ます。
最近天気の良い日は特に春の匂いがする…気がします。
だけど、昔と違って春の匂いを感じると少し切なくなるのは。
何も変われないまま季節が廻って来てしまったのを思い知らされるからなのでしょうか。
それとも春が来たぐらいじゃ、自分は生まれ変わらないことを知っているからなのでしょうか。
ホントの気持ちつたえずに 過ごした日々を悔やんではいないさ
見た人もいるかもしれませんが、今日のテレビで
「あらゆるものの起源を調べる」と言う番組がありました。
(思ったけど番組を見た人はいてもこのブログを見る人がいないかもしれない)
その番組の中で「卒業式に好きな人の第二ボタンをもらう行為」の起源を調査していました。
とある戦争物の映画の中で、特攻隊として突撃していく男の子が
突撃する前に好きな女の子に軍服?の第二ボタンを渡して
告白するシーンが起源…らしいです。
(今さっきまで見てたのにすでに記憶があやふや)
その映画の監督さん自身も第二次世界大戦中
特攻隊として突撃する予定(その前に終戦になった)らしく。
自分をその登場人物に重ねてそう言うシーンを入れたそうです。
本当は軍服は天皇からもらったものだから
そのボタンを他人にあげることはしちゃいけないんだけど。
せめて映画の中だけではそう言う告白をさせたい…って。
第二ボタンなのは一番ハートに近い場所にあるボタンだからだそうです。
(これよく言われてたけど、本当だったんだ…)
う〜ん。ロマンチック。
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